「なあなあこれって……
「な!!!俺も思った」
「「だよなー!!!」」



「どうしたの?」



つい一分前は犬猿の仲よろしく、でも話を聞けばつまり幼馴染なんですね、な泉君と浜田君が手を繋ぎあってきゃあと声を揃えるなんて、あらあらまあまあやっぱり仲がいいんだなあ、と声をかければ、泉君が先に答える。



「あー、イメトレ?メントレ?で、練習のときいつもやるんだよ」
「野球部、イメトレなんかしてんのか。近代的ー!!」



盗み聞きしていたのか、背後の部長が乱入。



「それがウチの専任がなんだか妙に詳しいんっスよ……
「確か志賀だっけか。で、これが、イメトレ?手を繋ぐのが?」
「そうっス。何でも、リラックスの、条件付けとかで。えっと、簡単に言うと毎日練習前に5分間部員全員で手を繋いで輪になって、気を落ち着かせるみたいな?で、続けていくうちに、大事な場面でも反射でリラックスできるようになるって教えられて……



難しい話は花井君にバトンタッチされたのか、彼自身も頭にはてなマークをふよふよとさせながらも野球部の秘密特訓の話を掻い摘んで説明してくれる。
だが、それ以上はもう喋ってはならない。絶対ダメ、と部長の背中から花井君宛てに電波を送るも、私の切なる願いはすぅーっと風に運ばれて消えてしまった。



「んだから、俺らは、バッターボックスに立ったときとかに使えるようになる、ってことです。緊張する、その場面で」
「じゃあじゃあ俺らはスタート台に立ったときってこと!?」
「あ、まあそうなんじゃ、ないっスかね……
「やろやろ!!な、な、どうやんの」
「え?」
「手を繋ぐだけでいいの!?」
「いや、その、リラックス出来てるかっつーのは掌の温度が高いかどうかでわかるらしいんで、それを上げるつもりで、で隣から貰ったり、隣にあげたり……



ほーら、だから言ったのに、え、言ってない?いやいや、言ったつもりでした……
新しい物好き、珍しい物好きの部長が野球部の面白そうな練習メニューに喰いつくことなんて、我が水泳部部員なら全員反射で察知するのだから、そういう類の話は意地になってでも振らない、カーブで逸らす。

だけどボール球でも手を出すのが部長の最悪なところで、漫画で読んだと鼻息荒くメニューに組み込んだバケツを腰に巻きつけて泳ぐ負荷練習だって、冗談にならないでも今は悔しいが笑い話になってしまった位の人数の脱走者を出したのだから。



「5分だっけ、ぴったり?」
「いや、あ、でもまあ大体でいいと……
「ならウォッチはいらねえな。よーし、花井君、指示出し任せた」
「ええっ!?は、はあ……




「あ、みんな手繋いだかー瞑想すっぞー」
「「「はーい!!!」」」



わあ、と溌溂とした返事が波のように起こる。
どうやら、野球部一列みんな同じことを考えていたらしい。もう既に身に染み付いた習慣なのかもしれないな、とその波に混ざり遅れてぼーっと見過ごしていた。


しかしながら瞑想、とはなんとも仰々しい……

肉体を駆使する運動部には不釣合いのような単語だが、今時科学的な要素を取り込むのは珍しくないことである。
精神面の強さが鍛え抜かれた鋼の肉体をよりも勝ることだって、劣勢を打ち砕くことだってあるのだし、部活のレベルアップのためにはメンタル強化は外せない。

なのにうさぎ跳びやコンクリート引きなんて筋肉酷使の根性練の需要はどんどん減っていると、一昔前に生まれれば丁度よかった熱いの大好き部長が畜生、と嘆き、やっぱり今時畜生って中々使いませんよ、と慰めたのも記憶に新しい。



「じゃあ目を瞑って……



花井君の声が消えると、すう、と呼吸も笑い声も話し声も隠れてしまって、不安で困ってしまうくらい静かになってしまった。

まだきょろきょろと周囲を測っていた私は、一筋の風とともに生まれた、いや、彼らがその風すらも全て生み出したのかもしれない清閑とした空間に入りきれずに、ただ夏が近づく暑さに目を細めて。


繋がっているはずなのに、一人取り残されてしまったとはなんて寂しいことなのだろう。



「なんとなくで大丈夫だから」



誘う小さな声に、手を引かれ、落ち着いて、深く眼を、閉じる。



「吸って、ちょっとためてー」



瞼の裏には、網になって広がり続ける光の模様。



「ゆっくり吐いて……



耳朶を揺らすのは、いくつもの穏やかな呼吸。膜一枚向こう、潤いの緑の風。



「吸って……



花井君の声が、遠い。


水の跳ねる音が、響く。


日向の真ん中にいる、私達。
とくん、と胸が震えたとき、





繋ぎ目は更に温度を上げた。







「ふぇ、ぐし」



……
寒くはなかった、けれどくしゃみってものはほとんど自分ではどうしようもないものなんです、と心中で弁明しつつ、恥ずかしすぎて赤くなったはずの顔をそろりと下げれば、髪の毛ごと頭を引っ掴まれ、手の平でがしがしと潰された。



「痛!」
「もーごめんなあ、ウチの後輩が!!」
「あ、や、もう丁度5分っぽかったですし」
「ほら、みんなにごめんなさいしなさ」




「ぶぇえ、っくしゅ」




……えへ」




「「「「三橋……」」」



目も鼻も頬も口角もぐずぐずに緩めて笑った三橋君の視線はどこまで逃げるんだろう。

鼻水をたらしたまま、うひ、と隣の阿部君に笑いかけたのに、それはそれは離れていても母性本能をくすぐられる可愛らしさが見て取れて、ついつい手を焼きたくなるのに、一番近くでその鼻水を見ている阿部君の顔は酷く冷め切ったものだ。



「鼻、出てる」
「あ、う、うん」
「寒いのか?」
「ちが、う!ぜん、ぜん、さむく、ないよ!」
「そう。肩と肘、あんま冷やすなよ。それから、今じゃなくても寒くなったらすぐ上がれ。風邪引くなよ」
「う、ん!!」



でも、とんとん、と自分の鼻を指差して、三橋君に話しかけた阿部君は、まるで手のかかる子供に飽き飽きしたお母さんのような、年の離れた弟を無理矢理任された遊びたい年頃のお兄ちゃんのような、何回もふてくされた顔、うんざりな顔、イライラな顔を捲ってみないと出てこない、そんな解りにくくも暖かい空気を纏っているから、ああ、いいなあと頬が崩れる。


そういえば気まずいくしゃみ第一人者の自分も、まさかねばねばが垂れてやいないかと鼻を触った。




どちらも、最後は、目を逸らしつつも、溜息をついて、その小さな手を引いてしまうのだろう。

きっと本人にはわからないのだ、こういうものって。だからこそ、見ているほうにしてみればホコホコしてくすぐったいのだけれど。









 

あべ、くん、も、!俺はひかねーよ